News

新着情報

新着情報詳細

病院通信 2021年11月号 [特集] 縁起でもない話の先に

2021.11.04

ACP(アドバンス・ケア・プランニング)

◆意味
将来の変化に備え、将来の医療及びケアについて、本人を主体にその家族や近しい人、医療・ケアチームが、繰り返し話し合いを行い、本人による意思決定を支援するプロセス

人生会議(Advance Care Planning)


未来のことは分からないから

「死」を語る

「自分が死んでしまったら」そんなことを誰かと話したことはありますか。
多くの場合「そんな不吉な、縁起でもないことをいうものではない」と一蹴されてしまう、腫れ物のように扱われる話題。しかし、未来のことは誰にも分かりません。その不吉な、縁起でもない未来はすぐにやってくるかもしれないのです。
敬遠されている「死」を語ること。自分自身や周囲の人の未来をイメージすること。いつやってくるか分からないからこそ、今のうちに語り合い、想像しておく必要があります。

納得できる最期を

人生会議は自分の意識がはっきりしているうちに、人生の最終段階での希望を、家族や友人、医療従事者などと話し合い、想像し、共有しておくことです。自分の心臓が停止したときに蘇生処置を望むのか、どんな場所で最期を迎えたいかなど、その時の気持ちや状況を想像しながら話し合っておきます。そうすることで、いざというときに本人も家族も、みんなが納得でき、心残りの少ない最期を迎えられるようになるのです。

早すぎることはない

多くの人は、最期のときを自宅で過ごしたいと考えることでしょう。しかし、現実的な問題として、その希望を実現するために解決しなければならない課題があることも珍しくありません。最期のときを迎える自分は一人で歩けるのか、食事は一人でできるのか、一緒に暮らす家族はどうなっているのか…。あらゆる可能性を考え始めたら切りがありません。それでも、中には早いうちから備えておけば解決できる課題もあります。人生会議を行うのに早すぎるということはないのです。

◆ACPの本質は「対話の繰り返し」

5年ほど前からACPを診療に取り入れています。初めのうちは、余命が残り少ない患者に、「はい」や「いいえ」で答えられるような決まった質問への回答を書いてもらうだけでしたが、ある時「これで患者の本当の思いを聞けているのか」と思い直し、改めて自身の取り組みを見つめ直しました。私が出した結論は「ACPは患者や家族、医療従事者が対話を繰り返すことが本質」ということ。その後は、患者が今の思いを語れるよう「どう思うか、どう考えるか」と質問し、対話を繰り返すようにしました。その結果、看取りをした患者の家族から、納得できる最期だったと感謝されることが増えました。(神谷内科整形外科 神谷 仁孝 医師)

いのちの授業(Class of the Life)

 

寝たきりなら、外が見える部屋が良いんじゃない?

6月に一色中部小学校で行われた「いのちの授業」の一幕。子どもたちは、有名な漫画の登場人物をモデルにして、ACPを考えました。年老いた父が余命宣告を受け、同居しているのは持病を抱えた母。離れて暮らしている息子が自分だとして、自分に何ができるか、母に介護はできるのか、父は残された時間をどこでどのように過ごすのが良いのか。それぞれが真剣に考え、意見を交わしました。

「自分の仕事もあるし、毎日実家に通うのは難しいのかもしれない」「お母さんだけでお父さんをお風呂に入れられないよね」。答えがある問題ではありませんが、子どもたちはできる限りの想像力を働かせ、議論を重ねました。

◆家族愛を感じるきっかけに

「いのちの授業」では人生会議だけでなく、在宅医療や介護の問題も学びます。子どもたちが、コロナ禍でも問題になった在宅医療などを考えることに繋がる、とても価値のある授業です。この授業には地域で医療や介護に従事し、日々、命と向き合っている方々が進行役として参加します。そのような方々の言葉には重みがあり、子どもたちの貴重な学びに繋がっています。

授業を通して、子どもたちには「家族の絆」を学んでほしいと思っています。近年の家族構成は大多数が核家族。人数が少ないからこそ、いざというときに家族で助け合うことが必要です。そのためにも「家族が病気になったら、介護が必要になったら」と想像し、語り合う中で、家族への思いやりや家族の愛を感じてほしいです。
(一色中部小学校河合 厚志 校長)

もし、ママがあと少しで死んじゃうとしたらどうする?

「いのちの授業」で出た宿題は「大事な人が余命宣告をされたら」を家族で話し合うこと。普段なら避ける話題を真剣に話し合うことは、それぞれがどんな思いを持っているか知ることに繋がります。

6年生の今川理央さんは、家に帰ると早速、父・裕規さん、母・みつ子さんと話し合いを始めました。初めのうちは戸惑いもありましたが、少しずつ、それぞれの思いが口に出始めます。

「お姉ちゃんと相談する」。普段はけんかが絶えない姉と相談するという思いがけない言葉が理央さんから出ると、みつ子さんは「少し驚いた。でもそれ以上にうれしい」と目を潤ませました。裕規さんは「自分の死を身近に感じた気がする。家族のためにも元気で長生きしなければ」と決意を口にしました。

家族に何かあったらという、決して明るい話題でないにも関わらず、話し終えた家族から、未来への希望が語られる。「縁起でもない話」の先には、温かな家族の愛がありました。

◆家族の希望をかなえたい

パパやママが病気になったり、死んじゃったりしたときのことを家族で話したことは初めて。パパもママも最後を迎えるなら「家がいい」って言っていたので、できればそうしてあげたい。
難しいかもしれないけど、何とかして家にお医者さんとかを呼んで、パパやママの希望をかなえてあげたいです。
(今川 理央 さん)

◆きっと家族で助け合える

最期のときを考えることは敬遠されるし、逃げたくなる話題。今回、家族で話し合ってみて、自身の死について少し現実感が出てきたような気がします。娘から「お姉ちゃんと相談する」と予想外の言葉が出たことに驚きもあり、うれしさもあり。きっと何かあっても家族で助け合えると安心感を覚えました。
(今川 裕規 さん・みつ子 さん)

理想と現実(Ideal and Reeality)


「縁起でもない話」を受け入れる

DATA

  • 生命の危機に際して、重大な意思決定を自分でできなかった
    ・・・ 約70%
  • 人生の最終段階について家族や介護関係者と詳しく話し合っている
    ・・・ 約3%
  • 代理で意思決定する人は自分の希望を十分に知っていると思う
    ・・・ 約43%
  • 大切な人の死に対する心残りがある
    ・・・ 約43%
  • 人生の最終段階での医療・療養について考えたことがある
    ・・・ 約59%
  • ACPを知らない
    ・・・ 約76%

(厚生労働省 平成29年度人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書、人生会議リーフレットから抜粋)

希望とは異なる選択

厚生労働省の統計によると、生命の危機に際して、重大な意思決定を自分でできなかった人の割合は約70%に上ります。しかし、代理で意思決定する人が自分の希望を十分に知っているとした割合は約43%。これらの情報から読み取れる事実は、半分近い人が、人生の最終段階で自身の希望通りの選択がされていないということです。

心残り

家族など長く連れ添った関係者であれば、何も言わなくても気持ちが通じ合っていると思う人も少なくないでしょう。しかし、人の思いは日々変化していくもの。その思いを確認するには、やはり言葉を交わすことが必要です。大切な人の死に対して心残りがあるという人は約43%。どのような心残りがあるかまでは分かりませんが、「もっと何かしてあげられたのでは」「本人が望むような最期だったのだろうか」という思いを胸の内に抱えている人もいることでしょう。その心残りを減らす手法。それがACPなのです。

抱えるジレンマ

医療や介護の現場でACPが取りざたされるようになったのは、最近の話ではありません。以前から、医学雑誌や医療、看護の学会などで何度も取り上げられています。しかし、世間にACPが普及しているかといえば、そうではありません。医療従事者以外で、ACPを知らない人は約76%。4人中3人はその用語や意味、必要性を知りません。
医療や介護従事者に普及しているものの、それ以外の多くの人が知らないACP。そのギャップが生むすれ違いは少なからずあります。患者やその家族と話し合いを進めようと、医療従事者から話を切り出しても、その「縁起でもない」話題を嫌う人もいます。意識がしっかりしているうちに話し合いが進められなければ、本人や家族の望む選択ができなくなってしまうにも関わらず、思うように話し合いができないのです。

求められる冷静な判断

私たちにできること。それは「事実を冷静に受け止める」ことではないでしょうか。医療や介護の従事者は、患者にとって何が最善かを見極め、患者や家族に提案します。それが受け入れ難い話題であったとしても、慌てず、冷静に受け止めることが、その後の選択の幅を広げ、患者や家族にとってより良い結末を迎えることに繋がるはずです。

語ることを習慣に

冷静な判断と同時に必要になるのは、「最期のときの希望を誰かと語ること」に慣れておくこと。そうすることで、いざというときにスムーズに自分の今の気持ちを語ったり、相手の気持ちを受け入れたりできるようになります。初めは少し戸惑うかもしれませんが、大切な人と、今の思いを語りましょう。

◆西尾市民病院のACP活動

西尾市民病院で本格的にACPを導入し始めたのは平成29年ごろ。愛知県が全国に先駆けてACPの普及に取り組み始めたことをきっかけに、院内でプロジェクトチームを組織して活動を始めました。ACPで最も重要なのは「共有」です。現在の医療では複数の医療従事者がチームを組んで患者などと関わるチーム医療が一般的。チーム内や患者の家族、介護者などの間で、思いや情報が共有されていなければ、いざというときにすれ違いが生じてしまいます。患者や家族の気持ちや考え方は、話す時・話す人で変わることがありますが、むしろそれは自然なこと。その変化も含めて、情報をいかに関係者で共有するかが課題だと考えています。大切な思いを伝えても、その思いが大切な人に伝わっていなかったら悲しい。そんな思いをする人がいなくなればと思って活動しています。
(西尾市民病院 精神科/ACPプロジェクトチームリーダー 川崖 拓史 医師)

自分のために(For Myself)


大切な人の幸せが運ぶもの

在宅介護という選択

一色町に住む板倉昭夫さんは、要介護状態の妻・としゑさんを在宅介護しています。一人では困難な在宅介護。ケアマネージャーに協力を仰ぎ、週に3回デイサービスを利用しながらも、できるだけ自宅でとしゑさんが過ごせるように奮闘しています。

家に帰りたい

アルツハイマー型認知症を患っているとしゑさん。4月に浴槽で溺れかけ、約2か月の入院生活を送りました。入院前まで歩行に問題はありませんでしたが、ベッドの上で数日過ごすと、筋力が衰えてしまい、歩くことが困難に。ちょっとした移動でも車いすが必要になりました。認知症のため意思疎通が難しいところもありましたが、入院中のとしゑさんは「家に帰りたい」と口にします。
自宅に帰るとなれば、歩くことも困難な妻を1人で介護することに。昭夫さんは難しい選択を迫られました。周囲は年齢や体力のことを心配し、としゑさんを施設へ預けるよう勧めます。しかし、懸命にリハビリを頑張るとしゑさんの姿を見ていた昭夫さん。その頑張りに報いるためにも、やれるところまで頑張ろうと、在宅介護を決意します。

明るくなった表情

在宅介護という道を選択した由を「妻が家に帰りたいと言ったのもあるけど、実は私も家に一人でおると寂しくてね。妻が家におった方がいい」と少し照れたように語る昭夫さん。としゑさんは、自宅に帰ってきてから表情が明るくなったそうですが、それは昭夫さんにも同じことがいえるようです。

傍らに人生会議を

もしも、本人が何を考えているかも分からないまま、施設に入所していたら、自宅に帰ることなく、最期のときを迎えてしまったら、2人はどんな顔をしていたのでしょうか。きっと、今のような明るい表情ではなかったはずです。
認知症を患っていたものの、幸いなことに本人の希望を聞くことができ、その希望をかなえられた板倉さん夫妻。しかし、全ての家族がこのようにうまくいくとは限りません。板倉さん夫妻のように笑顔で過ごすためにも、意識があるうちに、自分の思いを大切な人と語り合っておくことが必要なのです。

救われるのは

板倉さん夫妻を通して見えること。それは「人生会議で思いを語るのは、自分のためだけではない」ということ。昭夫さんのように、大切な人の喜びが自身の喜びに繋がる人もいる。むしろ、それはとても自然なこと。大切な人が最期のときを満足して迎えてくれることで、残された家族の心も救われるのではないでしょうか。としゑさんが自宅に帰って来たときのことを語る昭夫さんの笑顔の奥には、寂しくなくなったという安堵感だけでなく、としゑさんへの思いがあふれているようでした。

笑顔のために(To be Smiling)

 

何を願うのか

最期のときをどう迎えたいか、と問えば、ほぼ全ての人が「笑って迎えたい」と答えるでしょう。では、あなたが最期を迎えたとき、あなたの大切な人にどうあってほしいかと問われれば、何と答えますか。「どうせなら笑顔がいいかな」「その時だけ涙を流してくれたらそれで満足」「そんなに無理はしないで」…。求めるものは人によって違うかもしれません。しかし、「ずっと後悔して」と願う人はいないでしょう。
もしも、今、あなた自身やあなたの大切な人に何かが起きて、お互いの気持ちを知ることができなくなったら。自信を持って「後悔はない」と答えられますか。

踏み出す勇気

人生会議をすることへの抵抗を感じる人は多いかもしれません。それはなぜか。人生会議は、自分の心の奥に抱える思いを打ち明けることだからです。もしも、その思いが受け入れられなかったらと考えると、どうしても二の足を踏んでしまう。しかし、それは無駄な心配に終わることがほとんどでしょう。あなたの大切な人は、きっと、あなたの思いを受け入れてくれるはずです。

その先にあるもの

ほんのちょっと勇気を持って語り合うことで、今までよりも前を向いて生きていける。それが人生会議なのです。
納得できる最期を迎えるため、「縁起でもない話」の先にあるもののため、大切な人と、今、人生会議をしてみませんか。

11月30日は「人生会議の日」


大切な人の笑顔のために何ができるか。
あなたは自信をもって答えることはできますか。
大切な人に笑ってもらうため、あなた自身が笑っていられるため。
少し先かもしれない「縁起でもないこと」
今、語ろう。

「縁起でもない話」の先に(広報にしお 2021年11月号)